2009-10-01

"þeim var ek verst, er ek unna mest" --Laxdæla saga

「わたしは一番愛した人に、一番ひどい女だったわ」

»»»
「アイスランド人のサガ」の授業が、今週から『ラックスデーラ・サガ』に入った。
タイトルは、数あるサガの名言の中でもあまりに有名な台詞。
(殆どのアイスランド人は暗唱できるとTorfiが言っていた)

生涯で4人の夫を持った、美しく気高いアイスランド版 “傾城の美女”、グズルーン・オースヴィーヴルスドッティル。
年老いて最後の夫とも死別した彼女は、ある日最愛の息子にこう尋ねられる。

「あなたがその生涯で一番愛したのは、いったい誰だったのですか?」
 --"Hverjum hefir þú manni mest unnt?"

その答えが冒頭のことば。
(訳はニュアンスを足しているので直訳ではない)

今日の授業では、サガ解釈上のキータームの一つである “曖昧さ ambiguity” の例として、グズルーンのこのことばが示唆するのは誰なのかが話題になった。
Torfiは3つの可能性を挙げていた。
 ひとつは、「神」(キリスト教の)
  ——グズルーンは晩年修道女となったので、もっとも愛すべきは神でなければならない。
 ひとつは、ボッリ。
  ——3番目の夫であり、グズルーンは彼に乳兄弟殺しの罪を負わせ、結果として彼自身の死も招く。
 もうひとつは(もっとも人口に膾炙している説だが)、キャルタン。
  ——グズルーンとキャルタンは若い頃恋仲だったものの、結ばれることはなく、運命の流転の末、最終的にはグズルーン自身がキャルタンの殺害を主導する。

サガにおいて、個人の心理描写や感情に焦点が当たることは珍しい。
『ラックスデーラ』はその意味で、際だって「ロマンティック」なサガだそうだ。
全体を通して、グズルーンをはじめとする女性キャラクターが男性よりも個性的でアクティヴな点も特異。
ちなみにこのサガのメインとなる血讐(キャルタンとボッリの殺害)の糸車を回すのは、グズルーンとキャルタンの母ソルゲルズ(エギル・スカッラグリームソンの娘)のふたりの女性。
さらに、一方的に離婚した夫に対し自ら武器を取り復讐する妻のエピソードが2つもある。

……「ロマンティック」というには女性が強すぎないか?

ソルゲルズがボッリ殺害の現場まで乗り込み、息子たちに、さっさと「胴と首を切り離しておしまい!」とけしかける場面なんて壮絶。

ほかにもファッションへの異例の関心の高さなどから、作者(or 語り手)として女性を想定する説も有力らしい。
例えば以下。
≫Helga Kress, “"Mjög mun þér samstaft þykkja": um sagnahefð og kvenlega reynslu í Laxdæla sögu.” in Konur skrifa: til heiðurs Önnu Sigurðardóttur, Valborg Bentsdóttir, Guðrún Gísladóttir & Svanlaug Baldursdóttir. Reykjavík: Sögufélag, 1980.

もちろんサガのキャラクターが中世の現実の女性像を示している保証は無いわけだが、これが実像だと言われてもそれほど違和感はない。
今のアイスランドの首相も女性だしね。

個人的には、グズルーンが仄めかした相手はやっぱりキャルタンだと思う。
明確な根拠を挙げられるわけではないが、全体を読んだ印象として。

0 件のコメント:

コメントを投稿

Get Zotero