2010-01-24

"Handritin heim!"


「マニュスクリプトを故郷へ!」
≫≫≫
1950-60年代のアイスランドのスローガン。
1944年に独立国として歩み始めたばかりの(ただし1904から自治、1918より同君連合)、特にこれといった資源もない小国にとって、ヨーロッパ、ひいては世界の文化の中で重きを置かれる中世のマニュスクリプトは、かけがえのない財産だった。

Handritin = the manuscripts(定形)は、具体的な物としてのマニュスクリプトというよりも、むしろひとつの概念としてアイスランドの自尊心の源となっていたようだ。

(写真:マニュスクリプトを載せたデンマークの沿岸警備艇を迎える人々。
レイキャヴィーク、1971年4月21日。The Manuscripts of Iceland, p.170)

 「アイスランドのマニュスクリプト」は16世紀末からヨーロッパの知識人層に存在が知れわたるようになり、やがて17世紀には組織的な収集・保管事業が行われる。
最も著名なのは、コペンハーゲン大学に職を得ていたアイスランド人、アールニ・マグヌースソン(1663-1730)によるもの。

コペンハーゲン大学に遺贈されたアールニのコレクションを中心とした「アイスランドのマニュスクリプト」と古文書の返還に向けた交渉は独立前から進められ、既に1927年にはコペンハーゲン大学との協約が結ばれていた。
その後、独立を果たしたアイスランドでマニュスクリプト論争は熱を帯びてゆく。
デンマーク議会でも賛否両論が唱えられるうちに時は過ぎていったが、結局は友好的に、アイスランドへのマニュスクリプト返還が決定する。

1971年4月21日、コペンハーゲンより最初のマニュスクリストが返還された。
冬の最終日であるこの日は休日となり、人々はデンマーク海軍に護送されたマニュスクリプトを迎えるため、国旗を片手に港へ集まった。
その後、大学の映画館でおこなわれたセレモニーにおいて、 3冊のマニュスクリプトがデンマークの教育大臣からアイスランドの同職大臣、そしてアイスランド大学学長マグヌース・マール・ラウルッソンへと手渡された。

このとき返還されたのは「フラテイヤルボーク」(Gks 1005 fol) ×2巻と「韻文エッダ」の「王の写本」

以前に、「散文エッダ」の方と書いてしまったのは間違いです。
どちらも四折判なので同じくらいの大きさだが、1971年に返還されたのは「韻文エッダ」の方=Codex Regius of the Poetic Edda (Gks. 2365 4to) でした。
(「散文エッダ(スノッリのエッダ)」の「王の写本」Codex Regius (Gks. 2367 4to) は1985年に返還)
ちなみに法集成「グラーガース」の主要写本 Gks 2367 4to も「王の写本」(Konungsbók/Codex Regius)と呼ばれる。非常にまぎらわしい。

26年間かけて返還され続けたマニュスクリプトたちは、主にアイスランド大学併設のアールニ・マグヌースソン研究所と国立図書館に保管されている。
その一部は2002年から、旧国立文書館+図書館の建物を利用したカルチャー・ハウスという美術館で常設展示されていたが、いま現在は一時的に中断されていてアールニ研究所に戻ってきている(ただし展示はしていない)。
展示用ケースが壊れ、修復に時間が掛かっているらしい。今のところ再開の予告はされていない。

そのおかげで、MISの授業で有名写本にわりと気軽に近づくことができるわけだが、一般の人々が見られないのはやはりもったいない。
ちなみに、もっと手軽に古北欧語文献学を学びたいという方には、こういうサマー・コースもある。
≫ 7th International Summer School in Manuscript Studies – Københavns Universitet
コペンハーゲンで8日間の集中講義(2010年8月12日—20日)。
去年参加してきたMISの学生も非常に高く評価していた。8月ならスカンディナヴィアもさぞ過ごしやすいだろう。

*参考資料
・Vésteinn Ólasson, and Gísli Sigurðsson, eds. The Manuscripts of Iceland, 2004.:原著のアイスランド語版は2002年に、カルチャー・ハウスのマニュスクリプト展開催と同時に刊行された。
アイスランドのマニュスクリプトをめぐるさまざまなトピックについてのエッセイ集。注もないしビブリオグラフィも少ないが、入門には最適。図版も多い。>目次
Handritin heima: アールニ研究所の Laufey Guðnadóttir と Soffía Guðný Guðmundsdóttir の編集するHP。上の本に書いてあることの概要がまとめられている。
・Már Jónsson. „Hvenær komu handritin aftur til Íslands og var það sjálfsagt mál að fá þau hingað?“. Vísindavefurinn 4.5.2006. (Skoðað 24.1.2010).

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